人を見る村、村を見る丘
青年は、労働を途中で投げ捨てて全力である丘を駆け上がっていた。
(あのじいちゃんは言っていた・・・この丘に登れば、答えが分かるって)
夕暮れに染まったその丘の斜面は険しく、青年は荒い息遣いで登り詰めると、頂上に座っている老人の姿が視界に入った。小さな背中に大きな意思を感じさせる老人だ。
「じいちゃん、約束したよな。ここに来たら答えが分かるって。いい加減教えてくれ、おれはこの村の王様になりたいんだ、どうすればいい?強く、賢く、誰にも負けない圧倒的な力が欲しいんだ!」
「そうじゃのう・・・」
老人は少年を振り返ることなく、丘の頂上から村を見渡している。
「教えてくれ!剣か?槍か?弓矢か?なにからやればいいんだ?」
「今ここで教えられることはなにひとつない。それが答えになろう」
「意味わからんことを!ふざけるなよ、ここまで登らせておいて!じいさん、昔は王様だったって話、嘘なんじゃないのか?!」
「また来週登ってきなさい」
「もう沢山だ!もうかれこれ一年間、毎週やってるんだぞ?頭ぼけて狂っちまったんじゃないのか!?」
「そうかもなぁ。ところで、景色は変わったか?」
「は?」
「青年よ、外に答えがあると思っていないか?答えは、いつも己の内なる変化にある。お前はどうしたい?以上だ、答えがわからないならまた来なさい。わかったら、もう来なくていい」
「わからないから、いつも来るんだよ・・・」
しばらく立ちすくんでいた青年は、無言になってしまった老人をみて諦めると、今日も村へと戻っていった。既に日は落ちて暗くなっていたが、村から見える火のおかげで方向は分かった。ぼんやりと遠くで揺れる火を眺めながらふと思った。
(――景色?)
俺は丘に登ることに夢中になって、自分の足元しか見ていなかった。
そうか、本当の意味は、丘を登ることでも、あのじいちゃんに会うことでもなかったんだ。
登るたびに景色が変わっているということだったんだ。
夏のうだるような暑い日には、ふもとで氷を貸してくれるおばあちゃんがいて、
冬の凍える寒い日には、温かい毛皮を貸してくれた貧しげな少年がいた。
頂上から見下ろした景色に、
村の子供たちが楽しそうに田んぼを耕している光景もあれば、
商人たちが物騒な様子で喧嘩している光景もあったし、
暗い時間帯に火をつけ、ご飯を用意して待ってくれる両親もいた。
同じ丘を登り続けているうちに、
俺はいろいろな景色が広がっていることを知ることになったんだ。
「目で見る世界」だけじゃない、この村には優しい人や困っている人がいること、お金や時間、仲間の尊さという「心で見る世界」を知ったんだ。
さて、おれはどうしたいか?
おれはなんで王様になりたいんだろう?
おれは圧倒的な力を手に入れて何がしたいんだろう?
青年の脳裏に、これまで見てきた、関わってきた、助けねばならなかった、感謝せねばならなかった村人たちの笑顔がよぎる。
――おれは、どうなりたいんだろう?――
青年は、夢見ていた王の意味、王になるための「答え」が自分の中で変化していることに気付いた。家への帰り道、「またずる休みかい?」と声かける村人たちを見て、小さく呟いた。
じいちゃん、もう答えを探しに丘には行かないよ。
今日から毎日、目の前の人と全力で関わるから。
次にあの丘を登るとき、
それは俺が王様になってじいちゃんになった時だ。
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